第8回研究会 報告


冬季大会として第8回研究会が開催されました。

まず、前多氏が「物理学と生循環:臨界か限界か」というタイトルで、物理学で登場する空間的な循環である「渦」について話題提供されました。従来、流体にみられる対流や乱流中の渦については古典系から量子系まで物理学の中心テーマの一つであります。その中でも前多氏が注目しているのが、「アクティブマター」という自発的に動く要素の集団です。元々はランダムに動く要素であっても「群れ」となることで、渦や階層的に渦が重なった秩序形成が出現することが前多氏の研究を含む様々な研究から明らかになりました。その構造は頑強で、容易には崩れません。群れにある循環は、個々の要素が無自覚のまま「避けて通れない」システムの特性であると考えられ、その類推から生循環とは「生と死の循環=個々の要素が無自覚のまま「避けて通れない」システムの特性」であると言及されました。循環が階層をもつことは、社会的な階層性を想起させますが、各階層に潜む内的なエラーがシステムを破綻させ、次世代につなぐ循環をもたらします。このような循環の階層性を理解するには、物理学的な解析を広く深くすすめること、すなわち「Make physics great again」であると結論づけられました。

続いて西本氏が、言語の数の文法範疇(文法カテゴリー)に焦点をあてて、(1)数の文法標識、(2)数詞のある言語とない言語、(3)名詞の多様な分類を見つめ我々は何をなぜ分類するのか、そこに共通点はあるのだろうかの3点を、具体例をあげて説明しました。言語学者は言語という「自然物」の資料を客観的に見つめ言語構造を科学的に分析します。その過程で言語の構造に内在する人間の認識や価値観が明らかとなります。しかし、言語がすべての世界観や認識を表現しているとは限りません。西本氏は数詞のない言語話者は、数えていないわけではないこと、数詞のない言語は珍しくないことを示しました。また、名詞には、可算、不可算、複数、双数、三数、男性、女性、中性、可食、不可食、可視、不可視、既得、未得…といった多様な分類があり、そこには、我々が無意識に何らかの優先順位を設けていることを、参加者とともに考察しました。

我々が普段、集団の中にいたり、言葉を使っているとき、それをメタ的に「渦」や「数」として構造的に意識することはありません。しかしそれは物理的あるいは文化的に我々の生活、ひいては生命観に影響を及ぼしているのでは、など異分野間の活発な議論が行われました。