現在の生命科学の進歩には目覚ましいものがあります。しかし、生命がもっていた神秘のベールがはぎとられていく中で、我々が生命に対して抱いていた畏怖の念は相対的に低下していないでしょうか? 私たちは成長のためだけに科学を促進してきたのでしょうか?

現在、日本だけではなく世界中の大学で行われている生命科学研究は、経済主義(その研究は儲かるのか)や機能主義(その研究は役に立つのか)の影響にさらされています。そのような中、生命の起源とは何か、人類の幸せとは何か、という本質的な問題に私たちは真摯に向き合っているのでしょうか?

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かつて人々の生命観は、生命それ自体の起源や仕組みにとどまらず、宇宙の構造や世界と人間との関係性、それを踏まえた上で探求される人間のあるべき姿や真の幸福、といった問題と密接に結びついていました。さらには、社会秩序の維持という局面においても重要な働きをなし、国家・社会運営のあり方、法律や経済などにも影響を及ぼしていました。今の生命理解からすれば「非科学的」ではあるにせよ、はるかに包括的だったと言えます。

ひるがえって、今の生命観は、個人の利己的「幸福」を越えて、たとえば、人口爆発の問題、食糧危機の問題、命の価値、人権の問題、などに想いを致すものでしょうか? これらの問題から切り離されたかたちでの「科学的」認識は、危険をはらむものではないでしょうか? 前近代的思考の深みと広がりへの眼差しは、このことに反省を促し、生命観の再構築を要請するものと言えるでしょう。

そして、おそらく、その要請への応答は、人文・社会科学諸分野による「いのち」の多角的探求と、生命科学の最先端の研究とが結び付くことで、はじめてその可能性が開かれると考えられます。

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このような問題意識のもと、生命科学と人文・社会科学の研究者が出会い、現在の直線的な生命観ではなく、「循環する生命」という考えに根差した新しい学問を構築していくための議論を進めています。